アッラーの存在証明

この宇宙に存在する全ては、それらを創造した創造主(アッラ ー)の存在を示す疑いなき証拠です。優れた知性と自然の天性を 備えた者は、このことを完全に理解するでしょう。

アッラーの存在を拒絶する人々は、彼らが感覚的に知覚するこ との出来る実際的な証拠を要求しているために、そうしているの です。しかし彼らは、矛盾しています。というのも彼らは、この 宇宙において実体のない物事の印や効果を観察し、そしてそれら を信じているからです。たとえば人は引力を信じますが、それは 不可視のものです。人は、物質が地面に引き付けられるという効 果のみを知覚しているだけなのです。また磁力も同様で、人は金 属同士が引き付け合うという効果を知るのみで、それを信じてい ます。それどころか、人は自らの知性を見ることもなしに、自ら に知性が備わっていることを信じているのです!彼らは自分の感 覚に依拠してこれら全てのことを信じていますが、これらの感覚 は時に誤った知覚情報をもたらす、というのは周知の事実です。 たとえば水の中の棒は屈折して見えますし、少し離れて並んだ二 本の平行線は次第に交わっていくように錯覚されます。また私た ちは、北極にいようと南極にいようと、あるいは赤道直下にいよ うと、真っ直ぐに立っていると感じています。これらの例は、人 が知性に頼らずに自らの感覚のみに依拠すれば、知覚的な誤謬に 陥る可能性があることを示唆していると言えるでしょう。

知性なしには、知識を獲得することは出来ません。知識の獲得 手段を、自らの感覚による認識のみに限定する人は、大きな誤り に陥っています。果たしてアッラーが知覚出来ないからと言って、 アッラーへの信仰を拒否することは論理的でしょうか?しかもそ のことを示す印や効果は、人の周囲のあらゆる場所にひしめいて いるのに、です。アッラーの存在を実質的な証拠によってのみ探 求することは、多くの人を、アッラーの印を熟考することによる アッラーへの信仰から遠ざけています。


アッラー(y) そしてフィルアウン(ファラオ)は言った:「ハーマーン6 よ、私のために楼閣を建てよ。私が門に到達出来るように。 (私が言っているのは、)天国の門である。そしてムーサー の神を見るのだ。彼は嘘つきに他ならない。」こうしてフィ ルアウンには彼の悪行が素晴らしく映って見え、(正しい) 道から阻まれてしまった。フィルアウンの策略は、破滅以外 の何ものももたらさない (クルアーン 40:36-37)

この呼びかけは、ある時代のみに限定されたものではありませ ん。むしろこの言葉の本質は、無知ゆえに真実を信じることを拒 否する者全てに向けられているのです。アッラー(y)はこう仰って います: 知識のない者たちは、こう言った:「アッラーを私たちに 話しかけさせよ。あるいは、あなたがみしるしを携えて来 い。」彼ら以前の者たちも、彼らと同様のことを言っていた のである。彼らの心は似通っている。われら(アッラー)は 確信をもって信仰する民に対し、既にみしるしを明らかにし ている (クルアーン 2:118)

あるいは、驕慢さゆえに真実を拒否する者にも同様のことが言 えます。アッラー(y)はこう仰ります: われら(アッラーのこと)との謁見を望まない(つまり復 活の日と、来世を否定する)者たちは、言った:「私たちに 天使が下されないのはどういうわけか?また私たちが、私た ちの主を見ることが出来ないのは?」彼らは実に不遜であり、 暴虐の限りを尽くしていた。その日彼らは、天使たちを目の 当たりにする。その日罪悪人たちによき知らせはない。そし て(天使たちは)彼らに言う:「あなた方は(天国を)禁じ られている。」(クルアーン 25:21-22)

またちょうど当時のユダヤ教徒がそうであったように、真実の 拒否はある種の不正でもあります。アッラー(y)は仰りました: そしてあなた方がこう言った時のこと:「ムーサーよ、私 たちはアッラーをこの目で見るまでは、あなたのことを信じ たりはしないぞ。」こうしてあなた方が見ている前で、あな た方に稲妻が落ちた。 (クルアーン 2:55)


アッラーの存在を示す証拠

  • 純粋無垢な人間の天性の結果。

    純真な天性と明晰な理解力を 備えた者ならば、この世に存在するもの全ては存在させられ、そ してこの世で起こること全てには特定の原因があることを明確に 知っています。たとえば部屋に入ってそこにテーブルがあったな らば、人の意識というものは、テーブルが自分でそこに入ったの ではなく、むしろ誰かがそれをそこに持って来たのだ、という風 に結論付けます。砂漠に住むベドウィンは、このことを純粋無垢 な天性によって理解していました。そしてもし「どうして主を知 るに至ったのか?」と尋ねられれば、こう答えたのです:「ラク ダの糞は、ラクダの存在を示す。ロバの糞も、ロバの存在を示す。 また足跡は、誰かがその道を辿ったことを示している。闇夜と白 昼、沢山の星々を抱えた大空と深い谷を擁する大地、そして大波 のうねる大海、これら全ては、あらゆることをご存知であられる アッラーの存在を示しているのだ。」

  • クルアーンの章句。

    クルアーンはその多くの章句において、 人がその周囲を覆う宇宙について熟慮したり、あるいは自分自身 の内側に存在する異なる創造物を熟考したりすることへと、いざ なっています。そしてこれらは全て、それらの物事を管理してい る創造主の証明なのです。アッラー(y)はこう仰りました:

    言え、「天地にあるもの全てに目を凝らすのだ。」しかし 信仰しない民には、いかなるみしるしも警告も役立つことが ない。 (クルアーン 10:101)

    以下に示すのは、創造主の存在を示すほんの一例です:

  • 宇宙の創造の完璧さ。

    そして特定の軌道を迅速に行き交う惑星 と、その他の天体の美しさ。これらがほんの少しでもその軌道か ら外れてしまえば、アッラーのみがご存知になられる大惨事を原因付けることとなってしまうでしょう。それらはその創造の原初 から、正確なシステムに基づいて運動し続けているのです。アッ ラー(y)はこう仰りました: (アッラーは)いかなる支柱もなしに、諸天をお創りにな られた。それを見てみよ。また地上には高く聳える山々を設 えられ、あなた方が揺れ動かないようにした。またそこにあ りとあらゆる生き物を散りばめられ、天からは(雨)水を下 された。こうしてわれら(アッラーのこと)はそこにあらゆ る種類の素晴らしいものを、それぞれ雌雄で生育させたので ある。 (クルアーン 31:10)

    また、アッラー(y)はこうも仰っています: それで夜と朝を迎える折に、アッラー(の崇高さ)を讃え よ。天地のいずこにおいても、全ての賛美はかれのためにあ る。また午後の遅くと、初めにも(アッラーを讃えよ)。か れは死から生をもたらし、生から死をもたらされるお方。か れは大地が一旦(乾き果てて)死んだ後に、生き返らせられ る。そしてあなた方も同様に、(死んだ後に墓場から呼び) 出されるのである。(アッラーが)あなた方を土塊からお創 りになり、それからあなた方が人類として散開したのは、か れのみしるしの一つである。またかれがあなた方のために、 あなた方が安らぎを得るための配偶者をあなた方自身から創 られたこともまた、かれのみしるしの一つである。そしてか れはあなた方の間に、愛情と慈悲の念を授けられた。実にそ こには熟考する民への数々のみしるしがあるのだ。また天地 の創造と、あなた方の言葉と肌の色の違いもまた、かれのみ しるしの一つである。実にそこには知識ある者たちへの数々 のみしるしがある。またあなた方の昼夜の睡眠と、(そこに おいて)あなた方がかれの恩恵を求めることが出来ることも また、かれのみしるしの一つである。実にそこには傾聴する 民への数々のみしるしがある。またかれが恐怖と希望の稲光 をあなた方に御見せになり、そして天から水を降らせて、一 旦死んだ土地を生き返らせるのもまた、かれのみしるしの一 つである。実にそこには英明なる民への数々のみしるしがあ る。またかれのご命令によって天地が(支えもないのに安定して)成立していることも、かれのみしるしの一つである。 それからかれが大地(の中)からあなた方を一呼びされると、 あなた方は(そこから)出てくるのだ。天地にある全てのも のはかれにこそ属し、全てのものはかれに服従する。かれこ そは創造を始められたお方であり、やがてそれを繰り返され るが、それは(最初の創造よりも)かれにとって容易いこと なのである。天地における完璧なる属性はかれにのみ属し、 そしてかれはこの上なく威光高く、英知溢れたお方なのだ。 (クルアーン 30:17-27)

    またアッラー(y)は、こうも仰ります: …そして太陽と月と星々は、かれ(アッラー)のご命令に 服従する。かれにこそ創造と全ての権限は属するのだ。万象 の主アッラーの崇高さよ。 (クルアーン 7:54)

  • 人間の創造の驚異。

    そしてその姿形の美しさと、アッラーが お授けになられた能力の数々。アッラー(y)はこう仰っています: そして地上には、確信をもって信仰する者たちへのみしる しがある。(そしてそれは)また、あなた方自身の内にもあ る。一体あなた方には見えないのか?(クルアーン 51:20 -21)

  • 動物。

    人間は飲食や衣服、移動手段など、様々な形において それらを利用します。アッラー(y)は仰りました: そして家畜の中にこそ、あなた方にとっての訓戒はある。 われら(アッラーのこと)は、その腹部の胃と血液の間から あなた方に乳を飲ませる。それは飲む者にとって爽快なる、 清らかな乳である。またあなた方はナツメヤシと葡萄の果実 から、酩酊を催させる飲み物や、よい糧を得る。実にそこに は、英明なる民へのみしるしがある。またあなたの主は、蜜 蜂にこう示した:「山々や木々、そして(人々が)あずまや とする所に巣を設えよ。そしてあらゆる果実を口にし、あな たの主の道を(服従に)身を低めて行くのだ。」その腹から は、人々にとっての癒しとなる、異なる色の飲み物が産出す る。実にそこには熟慮する民へのみしるしがあるのだ ( クルアーン 16:66-69)

  • 草木や作物。

    それらは多様な形や色を有しており、人は飲食 や住居、医療など多様な形においてそれらを利用します。アッラ ー(y)は仰りました: そしてかれこそは、大地を広げ、そこに聳える山々と河川 を設えられたお方。また(かれは)各種の果実に雌雄を定め られた。(かれは)夜でもって昼に覆いをお掛けになる。実 にそこには熟慮する民への数々のみしるしがある。また大地 には、隣接し合う(が、異なった作物や果実を擁する)土地 がある。葡萄園、農作物、そして一本の根から出た複数のナ ツメヤシと、そうではないもの。(それらは)同一の水で生 育しても、われら(アッラーのこと)がその果実のあるもの を、別のものよりもよいものとする。実にそこには英明なる 民への数々のみしるしがあるのだ (クルアーン 13:3-4 )

  • 地上を行き交う多様な被造物

    それらは多様な姿形と構造、 独特の性質を有しています。アッラー(y)はこう仰りました: またアッラーは、全ての生き物を水からお創りになられた。 その内のあるものは腹這いに歩き、またあるものは二本足で もって歩き、またあるものは四本足でもって歩く。アッラー は、かれのお望みになるものをお創りになられる。実にアッ ラーこそは、全能者であられる。 (クルアーン 24:45)

  • 体内組織とその調和の驚異。

    これは全被造物の構造に観察さ れるもので、この結合と複雑なバランスは被造物の生命維持を保 障しています。アッラー(y)はこう仰っています: (アッラーは)いかなる支柱もなしに、諸天をお創りにな られた。それを見てみよ。また地上には高く聳える山々を設 えられ、あなた方が揺れ動かないようにした。またそこにあ りとあらゆる生き物を散りばめられ、天からは(雨)水を下 された。こうしてわれら(アッラーのこと)はそこにあらゆ る種類の素晴らしいものを、それぞれ雌雄で生育させたのである。これこそアッラーの創造。かれ以外のものが創造した もの(があるというのなら、それ)を見せてみよ。実に不正 者たちは明らかなる迷妄の中にいるのだ。 [ 31:10-11 ]

  • 生命を維持するための物質が分配されることにおける驚異。

    そして、それはあらゆる被造物に配分されるのです。アッラー(y) は仰りました: 地上の全ての生物で、アッラーにその糧を依存していない ものは何一つとして存在しない。かれはそれらの居場所も行 き先もご存知である。全ては明白な書7の内に(記録されて) あるのだ。(クルアーン 11:6)

    また、アッラー(y)はこうも仰っています: いかに多くの生物が、自らの糧さえ手中にしてはいないこ とか。アッラーこそがそれらと、あなた方に糧を授けて下さ るのである。かれこそは全聴かつ全知のお方である。 (ク ルアーン 29:60)

    アッラー(y)は、この宇宙に存在する全ての被造物は対に創られ たということを、示されています。たとえば天と地、昼と夜、生 と死、喜びと悲しみ、太陽と月、動と静、暖かさと寒さ、善と悪、 不信仰と信仰、などがそうです。動物界と植物界もその例に漏れ ず、その内のあるものはよく知られていますが、あるものはまだ よく知られてはいません。アッラー(y)はこう仰っています: またわれら(アッラーのこと)は、全てのものを雌雄の対 に創った。あなた方が(そのことにより)教訓を受ければよ いのだが (クルアーン 51:49)

    これらの被造物の熟考は、アッラーへの信仰心を深め、増加さ せることにもつながります。そしてこれこそが、理知に恵まれた 知的な人々の特徴の一つなのです。アッラー(y)はこう仰ります: あなた方はアッラーが天から雨を降らせ、それでもって色 とりどりの果実を実らせられるのを見ないのか?また山々に は白や赤、漆黒など異なった色の縞模様がある。また人々や 動物や家畜もまた、それぞれ色が異なっている。実にそのし もべの中でも、知識ある者たちこそがアッラーを畏れるのだ。 アッラーこそはこの上なく偉大でお赦し深いお方。 (クル アーン 35:27-28)

    またアッラーは、この宇宙のある生物に関して言及されていま すが、またあるものには言及されてはいません。アッラー(y)はこ う仰っています: 大地から生えるものも、彼ら自身も、そして彼らの知らな いものも、全て(の果実)を雌雄の対にお創りになられた、 (いかなる欠陥からも無縁である)崇高なお方よ。 (クル アーン 36:36)

    この宇宙を発生させ、そして保護する、ある特定の力が存在す るのは、疑念の余地のない事実です。そしてこの力は、以下に示 すいずれかの場合でしかないのです。

    1) 宇宙が勝手に存在したということ。これは不条理かつ明白 な間違いです。というのも存在する全てのものは、何らかの原 因によってしか存在させられないからです。

    2) それが宇宙の内部にある何かであれ、あるいはそれ以外の もの(たとえば進化論など)であれ、宇宙が何かによって存在 したということ。これは非論理的な仮説であり、正しい理性に よって反論されます。というのも、物質はそれ自身と同じよう な物を創造することは出来ないからです。

    3) 宇宙が、そこから隔離した外的な力によって創造されたと いうこと。つまり、創造主アッラーがこの宇宙を創造したとい うこと。これこそムスリムが信じているものであり、無神論者 が疑念の渦に巻き込まれているものなのです。アッラー(y)は仰 っています: 無から生じたのか。あるいは彼ら自身が創造者だというの か?それとも(彼らが)天地を創ったとでもいうのか?いや、 彼らの信仰は曖昧なのである。 ((クルアーン 52:35-36)

  • それが人間の生得的天性によるものであること。

    人間は、自 分が住んでいる宇宙と同様に、彼ら自身のことも創造した創造主 の存在を知り、かつ感じているのです。これは科学者が「宗教的 本能」と名付けているものです。アッラー(y)はこう仰っていま す: ゆえにあなたの顔を純正な宗教へと向けるのだ。(それ は)人々がそれを元に創造されたところのアッラーの天性8。 アッラーの創造に改変はない9。これこそは正しい宗教である。 しかし多くの人々は、知らないのだ (クルアーン 30:30 -31)

    また預言者ムハンマド は、こう言っています: ての子供は生得的天性のもとに生まれる。しかしその両親 が彼(女)をユダヤ教徒やキリスト教徒にしてしまうのである。 それはちょうどあなた方の目にする家畜のようなものだ。あな た方は、家畜が手足を切断されて生まれてきたりするのを見る か?」人々は言いました:「アッラーの使徒よ、夭折してしま った者はどうなりますか?」彼は言いました:「アッラーこそ は、その者たちがすることになっていたことをご存知なのであ る。」 (アル=ブハーリーの伝承)

人間というものはたとえその生得的天性が歪められてしまった 後でも、その諸事に作用してくるある種の力や、自分が必要な時 に縋り付ける存在を尊ぶ傾向にあります。これは古代社会にも観人間というものはたとえその生得的天性が歪められてしまった 後でも、その諸事に作用してくるある種の力や、自分が必要な時 に縋り付ける存在を尊ぶ傾向にあります。これは古代社会にも観 (信仰しない)人は災難に襲われれば、横になっても、座 っていても、あるいは立っていても、われら(アッラーのこ と)に祈りすがる。しかしわれらがその災難を去らせると、 あたかも(以前)彼に降りかかった災難ゆえにわれらに祈り すがらなかったかのように、背き去る。 (クルアーン 10: 12)

クルアーンの挑戦。

  • クルアーンは、魂を有する全存在に対し、 個別であれ集団であれ、以下のような挑戦を宣言しています。ア ッラー(y)は仰りました: 人々よ、一つの譬えが出されたゆえ、それを聴くのだ。あ なた方がアッラーを差し置いて祈りを捧げているものは、た とえ一丸になったとしても、一匹の蝿すらも創り出すことが 出来ない。そして蝿がそれらから何かを奪ったとしても、そ れを取り返すことも出来ない。(そのようなものに向かって 祈りの成就を)祈る者も、(彼らから偶像として)祈られて いるものも、共に無力なのである。 (クルアーン 22:73)

    に関する諸事は、全てアッラーの御許に属しています。アッ ラー以外のいかなる者も、その秘密を知ることは出来ません。ア ッラー(y)はこう仰っています: 彼らはあなたに、魂について尋ねる。言うがよい、「魂は わが主の命によるもの。あなた方は知識を、ごく僅かしか与 えられてはいないのだ。(クルアーン 17:85)

    被造物は、魂がないものでさえも無から創造することは出来ま せん。預言者ムハンマド()は、アッラーが彼にこう仰った 旨を伝えています: わが創造に相似するものを創ろうとする者よりも、不正を 働く者はあろうか?最も小さい蟻でもよいから、創らせてみ るがよい。あるいは一粒の種でも、麦の繊維一本でもよいか ら創らせてみよ。 (アル=ブハーリーの伝承)

  • 人間はこの宇宙における法則に関し、自分自身の思い通りに 操作することは出来ません。

    これは創造を行われ、世界の諸事を 司られる創造主が存在することの証拠の一つでもあります。アッ ラー(y)はこう仰りました: あなたは、イブラーヒーム(アブラハム)と彼の主につい て議論した者を見なかったのか?彼はアッラーから王権を授 かった(ゆえ、自惚れてイブラーヒームと議論したのであ る)。イブラーヒームが、「わが主は生をお授けになり、ま た死をお授けになられるお方。」と言った時、彼は「私も生 を与え、死を与えるのだ」と言った。イブラーヒームは言っ た:「アッラーは東から太陽を昇らせられる。では、あなた はそれを西から昇らせてみるがよい。」すると不信仰に陥っ ていた者は、困惑してしまった。アッラーは不正者をお導き にはなられないのだ。 (クルアーン 2:258)

  • 人類に下された最後の啓典であるクルアーンと同様のものを 創作してみよ、というアッラーの全人類に対する挑戦

    このこと もまた、アッラーの存在を示す証拠の一つです。この挑戦は最後 の日まで、破られることなく継続するのです。アッラー(y)は仰 りました: たとえ人間とジン(精霊)が団結してこれと同様のクルア ーンを捏造しようとしても、同様のものは作ることが出来な いのだ。たとえ彼らが互いに力を合わせても、である。 ( クルアーン 17:88)

またクルアーンの中には、アッラーの存在やムハンマド()の 使徒性に関して疑念を抱いている者に対し、クルアーンと同等のまたクルアーンの中には、アッラーの存在やムハンマド()の 使徒性に関して疑念を抱いている者に対し、クルアーンと同等の いや、彼らはこう言っている:「彼(ムハンマド)がそれ (クルアーン)を作ったのだ。」(ムハンマドよ、)言 え、:「それと同様の十の章でもよいから、偽造して持って 来てみよ。そしてあなた方が本当のことを言っているのなら、 あなた方がそうすることの出来るアッラー以外の何かに(そ こにおける援助を)祈願してみるがよい。」 (クルアーン 11:13)


そしてそれでも誰も太刀打ち出来ないと、更に軽減されました。 アッラー(y)はこう仰ります: そしてもしあなた方が、われら(アッラーのこと)がわれ らのしもべ(ムハンマド)に下したもの(クルアーン)に関 して疑念を抱いているのなら、それと同様のものを一章でも よいから持って来てみよ。そしてもしあなた方が本当のこと を言っているというのなら、アッラー以外のあなた方の証人 (の援助)を祈願してみるがいい (クルアーン 2:23)

クルアーンは啓示されたアッラーの御言葉なのであり、決して 反証されることはないのです。アッラー(y)はこう仰っていま す: このクルアーンは、アッラー以外の何ものかが創作できる ような代物ではないのだ。しかし(クルアーンは)それ以前 のもの(諸啓典)に対する確証であり、万有の主からの疑念 の余地のない啓典の詳細なのである (クルアーン 10: 37)


また、もしクルアーンが人為の作品であるとしたら、きっとそ こには多くの矛盾が現れるはずなのです。アッラー(y)は仰って います: 一体彼らは、クルアーンをよく熟慮しないのか?もしそれ がアッラー以外のものによるものであったら、彼らはそこに 多くの食い違いを見出したであろうに。 (クルアーン 4: 82)

そして私たちの議論である創造の開端と終焉に関する基盤は、 アッラー(y)の次の御言葉の中にあります: アッラーこそは全ての創造主であり、全ての被造物の諸事 を執り行われるお方なのである。かれにこそ天地の鍵は属し ている。 (クルアーン 39:62-63)